2009年01月17日

ぼくらの時代。

まだ松山に住んでいた頃の話です。

何事もなく、いつもの時間に起床して、
親がご飯の支度をしているリビングへ。

テレビでは、いつもどおりNHKのアナウンサーが…?
いや、いつもとは何かが違う。
やけに慌しいアナウンサーの語りが。

どうやら、地震があったらしいよ。
そうなんだ、寝てて全然気付かなかった。

そんな会話を両親らと交わす。
まだ、被害についてはよく分かっていない模様。
とりあえずたいした事は無いような感じだ。

僕は、いつものように友人と待ち合わせて学校へ行った。



学校では、地震の揺れの話についてもちきり。

俺は目が覚めた、
俺、爆睡してた、

みんな様々だが、ココは高校。
情報なんて一切入ってこない。

誰も、世の中を知らない、隔離された世界。

学校帰り、いつものようにゲーセンでひと遊びして、塾へ。
塾って行っても、勉強しにいくというよりは、
ダベりに行ってるようなものではあるが。

塾の先生が、珍しく食い入るようにテレビを見ている。
アンテナ一体型のポータブルテレビだから、
普段はテレビなんか滅多に見ないはずなのに。

…画面には、ヘリからの映像だろうか?
火の海、瓦礫の海が映っていた…

僕は、この日の夕方に、初めて震災が起きたと言う事を知ったのだ。


***

14年前の1月17日(西暦1995年)。

阪神淡路大震災。

四国に住んでいた僕にとっては、遠い世界の話。
2年後、大学進学で奈良に転居したものの、
奈良でも震災の爪あと、というものはあまり見当たらない。

いや、2年も経てばコレ結構、表向きは復旧していたのだ。

ただ、関西で暮らすにつれて、その深い、深い爪あとを、
徐々にではあるが実感してくるようになるのだが。

***

地震ってのは、
「いつ、やってくるか分からん」
っていう、非常に困ったシロモノです。

緊急地震速報も、あくまでも起こった地震を検知し、知らせるものであって、決して地震予知をしているのではない。

地震対策に、完全は存在しない。

これだけは、僕ら心の中にいつも留めて置かなくちゃいけん。

***

地震が原因で、尊い命を失ってしまった皆様へ…
ご冥福をお祈りいたします。

また、様々な困難に向き合うことになった皆様へ…
少しでも、希望の光が見える世の中でありますように。

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posted by 輪駆 at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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